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活動履歴

2008年

◆9月 国際生気象学会議
◆4月 第1回華まつり
◆4月 認定授与式
懇親パーティー

 

2007年

◆8月 世界陸上
◆6月 奈良県立磯城野高等学校
◆4月 認定授与式懇親パーティー

2006年

◆10月 認定授与式・懇親パーティー
◆7月 衣紋道 高倉
◆6月 北和女子高等学校
◆5月 カナダ・モントリオール日本月間
◆4月 認定授与式懇親パーティー

2005年
◆11月 IFFTI【国際ファッション工学大学連盟】国際会議
◆10月 認定授与式
懇親パーティー
◆8月 日韓衣服合同会議【韓国ソウル漢陽大学にて】
◆7月 七五三と着袴の儀
◆4月 認定式/パーティー
◆3月 日本衣服学会
◆2月 奈良県北和女子高等学校

2004年
◆11月 ハンガリーブタペスト市街にて
◆3月 奈良県北和女子高等学校にて

2003年
◆11月 枚方まつり
◆9月 京都松尾大社
着物供養際

 

 

国際生気象学会議

主催:International Socieyy of Biometeorology

平成20年9月22日より26日の4日間に渡り東京都江戸川区タワーホール船堀内にて国際生気象学会議が執り行われ、当協会は各国よりお集まりのご来賓の皆様へ日本文化をご理解して頂こうとの思いから平安時代より現代に至るまでの「小袖の変遷」をご覧頂きました。

会場風景

リハーサル風景

もう少しで本番。最終打ち合わせに緊張が漂ってきます。

リハーサル風景

和歌山大学教育学部家政教育専修医学博士今村律子先生の司会進行でレセプションがはじまりました。

レセプション風景

十二単

宮廷装束である十二単は、遠く平安時代に日本独自の衣装として誕生しました。モデルは小袖に緋の長袴を着用しております。きものの原点と言われる小袖は、装束の世界ではこのように下着として着用されてきました。

リハーサル風景

室町時代

短裳

室町時代はまだ染色技術も発展していませんでした。社会全体がそれほど豊かではありませんでしたから、技術・経済的という両面の理由から、多くの人々が小袖の人々が小袖に華やかに模様をつけることが出来なかったのです。
この時代は短い裳を腰に巻くことが多かったようです。エプロンのような実用性も兼ねていたと思われます。この形は、巻きスカートのような形態になっています。
帯幅は狭く、実用的な役割を果たす為に結んでいました。

このように、小袖はもともと一般庶民が着ていた質素な一枚着でした。寒い時には、二枚、三枚と重ねて着ていたようです。

浅野さん
今回短裳を着させていただき、とても良い経験となりました。リハーサルではすごく緊張してしまい、うまく動けず大変でしたけど、ご指導頂いたおかげで短裳の可愛らしさが少しは伝わったと思います。
本番はたくさんの方が見にこられており、足もフラフラしたのですが、無事に終わり見て下さった方が「とてもよかった」といって下さりとてもうれしかったです。
今回短裳を着させて頂きましたが、他の着物のつくりや着せ方等も見られ短い時間でしたが本当に楽しかったです。

このような経験はこれから先ないと思うので、本当に貴重な体験ありがとうございました。

桃山時代

名護屋帯

この時代まで来ると、現在の姿との違いにがかなり顕著になってきます。なんといっても、身頃の部分がゆったりした着付けになっています。それは当時の小袖の形が見幅が広く、袖幅が狭かった為です。衿が長いのも特徴です。

帯も、江戸時代とは随分違っています。モデルが結んでいるのは名護屋帯と呼ばれています。現在のいわゆる名古屋帯とはまったく違う帯ですが、これが桃山時代に流行しました。長さ3メートル以上ある組紐でできています。この帯を全身に3〜4回巻きつけて、後ろ又は脇で結ぶという姿が当時好まれた装いだったようです。

辻陽子さん
今回、伝統ある着物を着させて頂いてとても素晴らしい経験となりました。リハーサルの時は緊張と不安でおどおどしてしまいましたが着物を着付けしてもらい、名護屋帯は遊女が結んだ帯だと伺ってからからは自然となりきれるようになりました。それほど着物にはパワーがあり、重みを感じられずにはいられませんでした。メイクも白塗りをしたり、おちょぼ口にしたりと昔のメイクを知れて面白かったです。

そして、十二単の着付けや裳抜けを目の前で見られたのは、本当に貴重な経験でした。このような機会が増えたくさんの人の目に届くと良いなと思います。本当に貴重な体験をさせて頂きありがとうございました。

江戸時代前期

吉弥結び

小袖の形そのものは江戸時代後期とそれほど違っていません。
この帯結びは「吉弥結び」と言う結び方です。「路考結び」と同じく、歌舞伎役者が考案したものです。上村吉弥という役者の扮装がはじまりです。

この結び方は大流行となり当時経済的に豊かになってきた町人たちの間で吉弥結びをアレンジした結び方が様々工夫されました。このように、江戸時代前期まで遡ると、小袖の形は現代とそれほど変わらないものの、帯の幅が狭いと言う点が違って見えます。

松井さん
私はこの機会を楽しみにしていました。大学で着物について勉強したことがありますが、実物は博物館などでしか見たことがありませんでした。
今回は再現したものを見られただけではなく、それらを着てファッションショーに出られて、とても良い経験となりました。

江戸時代後期

路考結び

「縞の小袖」を着ています。当時は着物のことを小袖と呼んでいたのですが、小袖の形は、現在の着物とそれほど違っていませんでした。
しかし、現在女性の着物の着付けの時に使う「おはしより」はしていません。室内では裾を引きずって歩いていましたが、外出時はかかえ帯で裾を引き上げていました。
帯は幅30センチ以上のものを結んでいます。モデルの帯結びは路考結びと言う名前です。歌舞伎役者の瀬川路考と言う人が考案した結び方で、それが女性の間で大流行したのです。帯の両端から出る形の変化で様々な名前がつけられました。

この帯結びは、現在のお太鼓結びの起源といわれます。

土屋さん
現在の振袖や留袖とは異なる趣のお着物を着ることができ、とても楽しかったです。また、着物を着ている間は、なるべく綺麗に見えるよう歩き方や袖の扱いなどを意識していたので、細やかな仕種の大切さを知る機会となりました。
貴重な体験をさせて頂き、ありがとうございました。

現代のきもの

振袖

若い女性(ミス)の正式礼装です。本振袖とよばれる最も正式な振袖は五つ紋付ですが、昨今では大振袖・中振袖などの略礼装で代用されるものが多くなりました。

佐藤さん

和服が大好きなので参加できて楽しかったです。古い時代のきものはあまり見る機会がありませんし、着付けの方も興味深いものでした。お誘い頂きありがとうございました。

留袖

留袖も女性(ミセス)の正礼装です。このようなきものを結婚式場でよく目にされるのではないでしょうか。

文化女子大学被服衛生学研究室 助手 有泉 知英子さん
私自身は前回、文化女子大学で腰巻を着付けて頂き、豪華で華やかなきものと髷を経験することが出来ました。今回は現代のきものでありながら、まだ経験した事のない姿になることが出来、 貴重な機会でした。年齢を踏まえての衿のあわせ、帯の位置など、間近でレクチャーをして下さっているようで勉強になりました。髪も私の長い地毛を活かして上手に束ねて下さり、その慣れた手付つきを鏡越しにし技術の凄さに圧倒されました。
髷に合う人からきものを選んだとはいえ、学生皆がそれぞれにぴったりのきものを着ることとなり雰囲気も含めて見事に似合っていたと思います。普段目にすることが出来ない時代を越えたきものに袖を通せ、多くの海外のお客様を前にショーの舞台に立てたことが学生にとっても日本美を再認識するようなよい機会になったようでした。さっそく、きもの姿をクラスのメーリングリストに送り、喜びを伝えていました。
時間が限られる中、不慣れな私たちにご指導頂きショーを仕上げて下さいましてどうもありがとうございました。

今度また何かの機会にお目にかかれることを楽しみにしております。

まとめ

小袖の変化を追い、小袖の発展をテーマにしました。平安時代の貴族が着装した大袖の装束も衣服文化のもう一つの柱です。
装束は、季節の移り変わりを大切に、季節感を服装に取り入れるという文化を生み出しました。こうした美意識は、洋服を着た私たちにも受け継がれているのです。
世界のそれぞれの地域に民族服があるように、日本でも日本の気候・風土にあった衣服をつくりあげてきました。

これからも、時代に応じて変化しながらも、これらの衣服は、私たちの衣生活を豊かに彩ってくれることでしょう。

舞台裏

衣装合わせに大忙しのモデルさんと先生方

◆髪結い

◆メイク

◆着付け  

今回参加して頂きましたモデルの皆様です。お疲れ様でした。

 
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