| 平安王朝を代表する装束は「遣隋使」「遣唐使」によって、中国の衣文化が持ち帰られ飛鳥・奈良時代を経て平安時代に日本独自の衣裳として誕生しました。同時に装束を美しく威儀を整えて、身に付ける為の技術が必要とされ、工夫されるようになったのです。その技術が「衣紋」であり、装束に関する有職故実の集大成が「衣紋道」です。
衣紋の創始者は後三條天皇の孫で「花園左大臣」(はなぞののひだりのおとど)と呼ばれた源有仁であるといわれており、その衣紋は鎌倉時代に山科家・高倉家に伝承され、以後天皇のお服上げの奉仕をしてきました。明治16年(1883年)には 山科家・高倉両家に衣紋教授の命があり、装束の着装法の伝統は守られ現在に至っています。
当協会では別部門とし、衣紋道高倉より衣紋道高倉流奈良道場を開設する認可をいただきました。これからも確かな技術・文化・精神を学びつ800年に及ぶ伝統文化の伝承に心して参りたいと考えております。
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